作られた命 -The Homunclus-

Section1.天空都市 Top Before Next

 天空都市。その名で呼ばれるその街は、比喩でもなんでもなく街全体を支える岩盤が空中に浮かんでいた。都市の下部にある動力室で莫大な浮力を生み、岩盤そのものを宙に浮かせているのだ。それに実質的な意味があるのかと問われればおそらくほとんどの人間は首をかしげるだろう。街を宙に浮かせることに意味はない。人間は翼を持たないのだから、かえって不便になるだけだ。だが、この街を訪れた人々はその宙に浮かぶ街に感動し、あるいは恐怖する。街が宙に浮くという現実感を欠いた光景はこの国の非常に高い技術力を示し、また天空に支配者が座すという威圧感を民に与えるのだ。
「ふん……賢者の街とはよく言ったもんだ」
 一人の男が、その街の外輪部に立ち眼下の雲を見下ろしながら呟いた。天空都市、賢者の街、幾つもの二つ名を持つその街はジュノーという名だった。荒れ果てたエルメスプレートの大地の中に突如現れる壮麗な人工の街。それはある種の皮肉にすら見えた。
「ふん…」
 この街の支配階級は主に二つの呼称をされる。一方は「賢者」、もう一方は「錬金術師」。前者は主に街、国家の政治経済をつかさどる。そして後者はもっと実践的な――いわゆる科学技術などの研究をつかさどる。このような学徒が最高権力を持つこの街は確かに「賢者の街」と呼ばれるに相応しいのかもしれない。街の随所にもそのような知恵が凝らされたのであろう工夫が見られる。
「自らは天の高みに座し益体もない学問だけを続ける愚か者たちの居城としてはふさわしいのかもしれんが、ね」
 そう自嘲気味に呟く男の服装もまた――この街での最高権威の一つである錬金術師の正装であった。卑金属を純金に変えるという実験から始まったその学問はやがて「錬金術」と呼ばれ、もっと実践的な科学技術へと移り変わっていった。彼がその錬金術師なのだとしたら――彼は――自分のことを言っているというのだろうか?
「さて、そろそろか」
 そう呟くと彼は街の北部に位置する学院へと向けて歩き出した。
「終わらせは、しない」


「ジュノー賢者議会は、錬金術師ギルドにおける人工生命体開発案件を賛成多数で可決します」
 静謐で、重苦しい議場に、おざなりな拍手が鳴り響く。多数の人間が座する円形議席の中心には一人の男が立っていた。まばらに響く拍手はその男へと送られているものだ。今のは彼の議案に対する投票だったのだ。だが――自らの案件を通した彼の顔には喜びも、興奮も見られない。ただ当然の結果としてそれを受け入れ居ている雰囲気。
「それではヴァイス=ハーエルフォイエン、早速研究へ戻らさせて頂きます」
 ただ、その一言だけを残しその男は議場を立ち去った。


Section2.プリマ・マテリア Top Before Next

「ハーエルフォイエン様!」
「……」
 生命の息吹が感じられない長く壮麗な廊下に二人分の足音が響く。一つの足音は無言でテンポを崩すことなく。もう一つの足音は、それに追いすがるように。さらに、おいすがるその足音は先を行くそれよりもずっと軽い。子供か――あるいは女性のものか。
「あのような研究……おやめくださいっ、神への冒涜に他なりません!」
 その声はやはり女性のもののようだ。だが男は振り返ることもな迷いなき歩調で歩き続けていた。それを追いながらさらに女性が声をかける。その女性は前を歩く男と似たような服を着ていた。彼女も――錬金術師ということか。
「神ならざる身である我らが命を創造するなど――」
「カレン」
 男はその一言と共に歩みを止め、後ろの女性の名――カレン=アーマレイニーと言った――の名を呟く。
「わぷっ!?」
 男が立ち止まるとは思っていなかったのだろう、置いてかれないように必死で後を追っていたカレンが思わぬ制動に対応しきれずに男の背中にぶつかる。鳶色の大きな瞳と明るい茶色の髪の毛が揺れる。
「いつつつ……」
「カレン」
 確認するように男――ヴァイス=ハーエルフォイエンが呟く。だが、振り返りはしない。その目はまっすぐに前を見据えられたままだった。
「我々はいつから宗教家になった?」
「それは――」
「答えよ、我らは何だ」
 その問いに、カレンはしばし黙してから、おずおずと言った。
「――科学者です」
 満足したのかヴァイスはただ一つ頷いた。
「そう、ならば存在もせぬ<神>など気にかける必要はない。人たる身とて、男女は交わり新たなる命を作り出す。我らがやろうとしていることはその過程を少々変えるだけだ。それはそれ程に罪悪か?」
「し、しかし数年前のルーンミドガツで起きた事件、千年前の大戦等では<神>の存在らしきものも確認されいてると――」
「――憶測にすぎん」
 断じて切り捨てる。不満そうにしながらもそれで女性は黙った。
「我々は眼に見えるものしか信じない。かつての古き錬金術の理念も我らには最早意味を成さぬ。我らはより実論理的に思考し、実験し、そして実現するのだ」
「……」
 かつての錬金術――それはある意味、とても哲学に近い位置にあった。卑金属を純金へと精製するという研究は、その過程で自らの精神を究極まで純化するという哲学的な意味合いも持っていたのだ。<プリマ・マテリア>――あらゆるものの始原となったとされる物質――あらゆる物質をこの状態に還元することこそが錬金術の至高の目的。だが――
「<プリマ・マテリア>はつまるところは我ら世界を構成する複数種の最小単位粒子――つまり原子だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして人間だろうと何であろうと、その原子の塊にすぎんのだ」
「――それ故に人間と同じ原子配列を用意することによって生成する人工生命体――ホムンクルス――」
「その通りだ」
「ですが、私は疑問なのです!そのようなモノを作り出す必要など、本当にあるのでしょうか!?人の似姿を得て――それで何が生まれます!?」
 その必死なカレンの問いに、だがヴァイスはただ軽く失望したようなため息をついた。
「愚かな事を聞くのだな、君も」
「え?」
「この街を見よ、旧時代の遺物まで引っ張り出し浮遊されているこの都市。これにこそ――意味などあるか?せいぜいが権力誇示の役にしかたたん。無駄な知識を得ていった賢者どもが作り出した無用の長物よ」
「それは――」
 カレンは言葉に詰まった。確かに――そうだ。人という生き物は新しく得た知識を使わずには居られない。それが役に立つのか立たないのか、必要なのか必要でないのか、それを考えるよりも前に技術を試そうとする。それ故に、いくつもの悲劇が過去に起こっている。それでも――人間は変わらずに同じことを繰り返す。彼らが、人間であるが故に。
「彼らと同じく、私も得た知識を試したいだけだ。そう――それだけの愚かな人間だよ」
「――ハーエルフォイエン様?」
 自嘲気味に呟くヴァイスの後姿に疑問を感じ、カレンが問いかける。だが、その背中は答えることなく再び彼女から遠ざかり始めた。彼女もまた、そのあとを慌てて追い出した。


Section3.人を作る  Top Before Next

 そも、人とは何たるか。極論を覚悟で言い切ってしまうならば、それは単なる有機物の集合体である。肉体は単なる物質の集合体に過ぎず、その精神もまた、脳内の電気信号によって構築されるものでしかない。なれば。人自らの手で同一の組成をくみ上げることができたなら、それは人工生命体――ホムンクルスとなりうるのではないか。
「以上が組成表だ。各自目を通し、確認を怠るな」
『はい』
 いくつもの返事が唱和してさして広くない部屋の中に唱和する。返事をした彼らの手には、数枚の書類があった。それは人体を構成するための材料、生成法、構築手順。プロジェクト・ホムンクルス、それがこのジュノーで始まった計画だった。人の手による人工生命の創造。そして――その軍事転用。賢者の街などと言うと、平和で外交を主にするように聞こえるが、その裏ではこのような技術の軍事転用が盛んに行われている。このプロジェクト・ホムンクルスも無限に生み出される消耗剤としての兵士を作り出すために承認された研究であった。
「ヴァイス君、研究は順調かね?」
「はい、カルコス副議長」
 部屋の前で支持を出していたヴァイス=ハーエルフォイエンの隣に立っている老人が柔和な声で気楽に語りかける。その話口はまるで旧来の友人に対するそれのようでもあった。だが、それに返事をするヴァイスは折り目正しく寸分の隙もない。
 カルコス=バルタゼイル。シュバルツバルド共和国の中枢たる賢者議会においてその副議長を務める人間であった。つまり――この国において、最も最高権力に近い人物、だ。
「…賢者議会は君に期待をかけている、頑張ってくれたまえ」
 ――老人の口調は優しい。だが、その裏には到底優しさなどとは相容れないものがあった。それをヴァイスは分かっている。なぜ賢者議会が人道的に忌み嫌う人造人間の製造などという研究を許したのか。それは昨今、このジュノーを首都とするシュバルツバルド共和国の南に位置する王国、ルーンミドガツ王国が魔物退治の名目で軍事増強をしている影響があるのに間違いがない。実際に魔物が大量発生し、危険な状況となっていることからシュバルツバルドの中央政府たる賢者議会は表向きはこれを容認してはいるが、裏までそうではない。
(――彼らは自らの膝元に刃を突き付けられるのが何より恐ろしいのだな)
 ヴァイスは口には出さずに老人を侮蔑した。だが――無理もない、と同時に思う。魔物の脅威が終わった時、拡充されたルーンミドガツの軍事力はどこへ向かうのか?それを想像するのは酷く容易だ。単純に考えればその力は侵略戦争へ――そして隣国であるこのシュバルツバルドへと向けられる可能性が非常に高い。天然の要塞たるミョルニール山脈があるものの、かの国が要する<ワープ・ポータル>なる転移魔法を考えれば、その山脈がどれほど防衛的に役に立つのかという疑問も出てくる。
(だが――そんなことは、どうでもいいのだ)
 彼はそんなことを心の中で呟きつつ部下の研究員たちへ次々と指示を出していった。彼らが行うのは魔法ではない。魔力に頼るのではなく、純然たる知識による科学技術の実現こそが目標だ。部屋の中はいくつもの図面や試験管、測定器具などでごったがえしている。
「引き続き指示通りに進めるように、私は自室へいったん戻る」
 そういい残し、彼はその部屋から立ち去った。


Section4.病  Top Before Next

「げほ……ごほ……」
 カレン=アーマレイニーは一人、廊下の隅で咳き込んでいた。ここ数日、ずっとこんな調子だ。無理がたたって風邪がこじれでもしたのだろう。だが、今やっている研究は重要なことなのだ、その是非には関係なく。それゆえに研究員である彼女は休もうとはしなかった。
「もぅ……早く風邪なんか治さなきゃ」
 そう一人ごちて懐からいくつかの錠剤を取り出し、喉に流し込む。しばらくすると気のせいかもしれないがやや体が軽くなったようにも思えた。最も――病は気から、という言葉もある。彼女ら科学者はあまり賛同できるものではなかったが、事実として感情と健康状態の因果関係は証明されているので認めざるを得ない言葉ではあった。
「ん、あーあー」
 調子を確認するように発声してみる。まぁ、悪くはないだろう。お世辞にもいいと言える状態でもないが。
「さて、今日はフェイズ3だったかなっ」
 一回背筋を伸ばして気合を入れる。が、それと同時に彼女は大きく咳き込んでしまった。
「げほっ、げほっ」
 やや涙目になりながらも咳をおさえ、再び歩き出す。どうやら今回の風邪はそうとうしつこいらしい。フェイズ3からは非常にデリケートな作業が連続するために滅菌状態でなくては実験室に入るのはまずいというのにこれはどうしたものだろうか。
「うーん……仕方ないよね……うん」  自分に言い聞かせるようにそう呟くと彼女は休暇願いを出すための書類を書くために紙とペンを取りに自室へと戻っていった。そう、せっかくだからゆっくりベッドで休もう。そういえばここのところ徹夜が続いたりしてまともな睡眠時間を取れていない。体調は崩すし、美容にもよろしくない。数日間たっぷり休養を取るくらいはバチは当たらないだろう。
「よし、ぐっすり寝るぞ」
 と、その前にハーエルフォイエン様に休暇のための書類を出しておかなくちゃ怒られる。それを思い出し、カレンは苦笑しながら――そしてまた咳き込んで、部屋への道を急いでいった。

「……」
 人気のないその場所で。カレンが立ち去った後を、ただただ静かに見据えている二つの目があった。それは何の言葉も発することなくただ哀しそうな瞳を向けていた。


Section5.家族 Top Before Next

「……あれ?」
 カレンはふと目を覚まして、周囲を見渡した。確かに部屋で寝ていたはずであった。だが――彼女が今寝かされている場所は、右も左も、上も下も白い。そう、まるで病室のような――
「気が付いたかね、カレン=アーマレイニー」
「あ」
 聞き覚えのある声に首だけをそちらの方向へと動かすと、そこには想像通りの人物――ヴァイス=ハーエルフォイエンがいた。
「ハ、ハーエルフォイエン様、これは」
「……」
 だがそれには答えずに、彼は無表情のまま、手にした書類に目を落とし、それをざっと眺めてから溜息をついた。
「ハーエルフォイエン……様?」
「時間がない」
「え?」
 彼が何を言っているのか理解できずにカレンは戸惑った声をあげた。
「カレン……君は、もうじき死ぬ」
「!?」
 何を言っているのだろう、この人は。私が死ぬ?これは単なる風邪ではないか。しばらく休めばすぐに治るはず。そう、すぐに治るはず。
「君の母も同じ病気を患っていた。よもやと思い君が生まれた時に検査したが、その時は陰性だった。だが――去年の健康診断の際――」
 ああ、この人は何を言っているのだろう。私が――母を奪ったあの恐ろしい病気にかかっていると?あの病気は、確か――
「……」
 そう、最初は風邪のように咳き込み、それから次第に肺が腐り落ちていく奇病。確かに、自分の今の症状とまったく同じだ。何故これまで気が付かなかったのだろう。いや、気が付かない振りをしてただけなのだろうか。この病気に対して有効な治療手段は見つからず、あらゆる処置も単なる延命にしか繋がらなかった。あの時、母を必死で看病していたのは誰だっただろうか?それを、カレンは思い出そうとした。
「カレン=アーマレイニー……いや、カレン=ハーエルフォイエン。君は、私が何としても――」
「――」
 彼女は父親はいないと思っていた。母からは死んだと教えられてきた。その母の病気が発症した時、真っ先に現れ、あらゆる手段を講じて治療に当たってくれたのはそう、他ならないヴァイスであった。母の死後、カレンはヴァイスの支援を受けながら錬金術師の道を歩んだ。だが、もしかしたら――
「お父……さん…?」
「……」
「お父さん、なんですね……」
「君は、もうじき死ぬ。だが死なせはせん……研究中のホムンクルス。それに君の意識を全て転送する」
「…………」
 そうか。カレンは唐突に理解した。この人が、ホムンクルスの研究にあれだけ熱心になっていたのは、全て自分のためだったのだ。病気が治せないのは分かっていた。ならば、意識の構成要素を他の肉体へ移してしまえばいい。そうすれば、病魔に冒されていない体で生きながらえることができる。
「あ……ははは……はははは……」
 彼女は、笑いながら泣いた。いつまでも、いつまでも、泣き続けた。


Section6.そして… Top Before Next

 ある日、研究員たちがいつものように研究室に出勤すると、そこには何もなかった。研究中――ほぼ完成間近まできていたホムンクルスはどこにもおらず、その研究資料も大半が持ち出されていた。そして、それと同時に研究主任であったヴァイス、その助手であるカレンの姿も天空都市ジュノーから消えていた。賢者議会は機密の漏洩を恐れ、行方を捜しつつ、隣国へも重犯罪者として二人を指名手配した。だが――結局のところ彼らが見つかることはなかった。
 唯一見つけることができたのは、エルメスプレートの端にひっそりと立てられたカレン=アーマレイニーの墓だけであった。その後の彼らの行く末は誰も知らない。プロジェクト・ホムンクルス自体は残った錬金術師達によって進められたが、ほとんどの研究資料がヴァイスによって持ち去られており、また重要な部分は彼自身が全て手がけていたためにほとんど資料が残されておらず、その研究の進行は極めて困難を極めており、プロジェクトの実現が不可能なのではないかとすら囁かれた。

 カレンがホムンクルスとして復活――転生したのか。それとも人としてその生涯に幕を閉じたのか。そしてその後ヴァイスはどうしたのか。彼らが幸せだったのか、どうか。答えを知るものは誰もこの天空都市にはおらず、ただ時の経過と共に彼らは忘れ去られていく。
 天空都市ジュノーは今日も、いくつもの想いを載せて、悠然とエルメスプレートの上を浮遊している――

Outline

天空都市ジュノー
悠然と空に浮かぶその都市にて、錬金術師達は新たな命を作り出そうとしていた。

-From Ragnarok Online-

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