救いの道-The SwordMace-
「死者は墓へ還れ」
その一言と共に俺は手にした武器を振り下ろした。グシャという破砕音と共に目の前にいた骨だけの化け物が崩れ落ちる。その最早動くことなき骨を踏みつけ、砕きながら俺は先を急いだ。
「ちょ、ちょっと…待ってくださいよぅ」
後ろから情けない声をあげながら一人の少年が追いすがってくる。俺は心底あきれた様子でその少年のほうへと向き直った。栗色の髪に碧眼、修行中の身であることを示す白く清潔な聖服に身を包んだいかにも弱気そうな少年だ。手には申し訳程度に武器となる棒をもっているが、まともに扱えるようには到底見えない。
「さっさとしろ、置いていくぞ?」
「はぃ」
俺が砕いた骨をおっかなびっくりといった様子で避けながら、少年が俺の位置までやってくる。
「…情けないな、もう息があがってるのか?」
「だって……」
少年がちらりと後ろを振り返る。それはつまり今まで俺たちが歩いてきた道を示すわけだが、そこには無数の骨や死体が転がっていた。全部、俺が砕いた後だ。
「まったく…あの程度に怯えているんじゃこの先やっていけんぞ?」
「……」
「敵は倒せ、砕け、滅ぼせ。それができないならお前が死ぬだけだ」
俺の容赦ないその言葉に、少年がちょっとムッとしたような表情で俺を見上げる。
「でも、敵だからって…不死者だからって…あそこまでする必要は…」
「…奴らは生き物とは違う。生きているなら心臓を突く、脳を破壊する、つまり致命的な一点を破壊すれば事は済む。だがな、奴らは不死者だ。徹底的に潰さなければいつまた動き出すかわからん」
「……」
俺の言い分にまだ不満があるのだろうが、一応の納得はしたのか、少年は黙りこくる。まったく……こんな調子じゃわざわざここまで連れてきた価値がない。
そんな事を思いながら、俺はまた横から現れた一体の腐乱死体――つまりはゾンビを一撃のもとに粉砕する。<アスペルシオ>という奇跡によって聖性を与えられている俺の武器は不死者、魔を容易に砕く。
「ふん」
「その……ローディスさん…彼らだって、生きてたんですよ?僕達がするべきなのは彼らを安らかに天に還してあげることであってこのように叩き潰すことでは……」
「甘いな」
俺はいましがた殴り倒したゾンビを念のためにもう一度殴りつけてから少年――シェンという名前だったか――に言った。
「いいか?シェン。俺たちの任務はなんだ?」
「…それは、ここのフェイヨン地下墓地の調査です…」
「そう」
俺は満足そうに一つ頷いた。俺たち二人にプロンテラ正教会から出された指令――それは、今俺たちのいるフェイヨン地下墓地の調査とそこに巣食う不死者どもの駆逐だった。かつては静かな墓地であったこの洞窟も、昨今では数え切れないほどの不死者が跳梁跋扈する魔窟へと変わり果てているというのだ。
Section2.相反する者 Top Before Next
「俺たちは調査をしにきている。そして奴らはそれを邪魔しようとしている。奴らは神に背きし邪悪だ。それを滅ぼすのに何か躊躇いが必要か?」
「程度問題だと言っているんです!いくら神でもこのような所業…」
「見過ごすわけがない、か」
呟きながら聖性を放つソードメイスと呼ばれる刃のついた鈍器――というよりは最早剣に近い形状のそれを軽く振るい、少年の眼前に突きつける。
「なら俺のこの武器はなんだ?俺たち聖職者は刃ある武器を禁じられている。だが、こいつは最早剣そのものだ。神様が見過ごすわけがないなら、なぜ俺の呼びかけに答え、この憎むべき武器に聖性を宿す?」
「そ、それはいつか神様はちゃんと気がつきます!あ、貴方のような人が――」
「ほら、来たぞ」
「え?」
俺の指差す方向にほうけたような表情で振り向く。
「うああああ!?」
そこには先ほど俺があえて完全にとどめを刺さないでおいたゾンビの一体が今まさにシェエンへと殴りかかろうとしているところだった。筋肉系も腐敗しており、著しくその筋力は衰えているとはいえ、まともに受ければやはり痛い。
「ほら、どうするんだ?」
「う……」
俺の挑発的なその言葉に一瞬躊躇ってから、シェンはその両手をゾンビにまっすぐ突き出して、短い詠唱を行った。刹那、淡い光がゾンビを包み込みむ。その光が消えた後、その腐乱死体ははじめて自分が死んでいることを思い出したかのように崩れ落ち、土くれへと帰っていった。
「は……はぁはぁ……」
「……」
今少年が使ったものは<ヒール>…癒しの奇跡だ。俺たち聖職者は「奇跡」と呼ばれる数々の力を使うが、実のところそれはいわゆる「魔法」なのだ。教会上層部で開発され、それを「奇跡」として教えているにすぎない。<ヒール>は正の生命力を増大させるものであり、ゾンビのような不死者に対しては直接的にその身を崩壊させてしまう恐るべし攻撃となる。
「…やればできるじゃないか」
だが――そう前置きしてから俺は続けた。
「無駄に精神力を使いすぎだ。ゾンビごときに全力で<ヒール>を撃ってどうする」
そう、この少年はあまりに驚いたのか、たかだか低級のゾンビ相手に全力の<ヒール>を撃ち込んでしまったのだ。前にも言ったとおり、「奇跡」は本当の意味での奇跡ではない。理論に基づき、精神力を対価として消耗することによって発動する「魔法」だ。無駄に連発すれば簡単に疲弊してしまい、肝心なときに使えなくなってしまう。
「まずは落ち着いて相手と周囲の状況を見ろ。そして考えろ、最低限の精神力で最大限の効果を発揮する方法をな」
「は、はい」
実のところ、俺が教会上層部から受けた指令は二つあった。一つは前述の通りのフェイヨン地下墓地の調査及び不死者の駆逐。そしてもう一つの指令が、このシェンの教育。この少年は膨大な精神力を持っているにも関わらず、それを上手く使いこなす事ができていないのだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「あ、あの」
遠慮がちなその声に、俺は苛立ちを隠しきれずに振り向いた。
「貴方は…どうして、その…そんなに…」
「聖職者らしくない、か?」
俺のトゲのある言葉にシェンが遠慮がちに一つ頷く。俺は、ふん、と鼻で息をしてまた近くに現れた白骨死体――スケルトンを粉砕しながらボソリと呟いた。
「……祈ってるだけじゃな、何も救えないんだよ……」
Section3.祈り Top Before Next
当時、俺は教会において一般市民の声を聞き、それに対して適切なアドバイス、時には奇跡による助力などを行う仕事をしていた。実際に、俺の言葉と力で救われた人間もいただろう。だが――それと同じくらい、あるいはそれ以上に救われない人間達もたくさんいたのだ。
近年増え続ける魔物による被害。死んだ息子をよみがえらせてくれと泣きついてくる母親。行方不明になった親友を探して欲しいと頼んでくる男。いくつもの悲劇が俺のところに持ち込まれてきた。だが――俺は、いや人間はあまりにも無力だ。例え最高位の司祭が使う「復活の奇跡」と呼ばれる<リザレクション>であったとしても、それは死亡寸前の人間を蘇生するだけなのだ。決して、完全なる死者を復活できるわけではない。
「残念ですが……息子さんの魂がせめて神の御許に安らかに旅立てるよう祈りましょう」
何も、できなかった。
「…見つかるよう、神に祈りましょう。神は正しい者を見捨てはしません」
何も、変わらなかった!
俺は深い苦悩に陥った。このような事を続けていても本当に救うべき多くの人間を救うことはできない。「神に祈りましょう」…それは、俺の逃げ口上とも言えた。自分の力が及ばない、どうしようもない事態の時に言うセリフ。それを口にするたび、俺の中で何かが壊れていくのを感じていた。
神よ、なぜ答えない。神よ、なぜ救ってくれない。神よ、お前は――
「彼女を……彼女を助けてください……」
それは冬の寒い日だった。フェイヨン地方の衣装を着たその少年は、やはり同じような服装の少女を抱きかかえながら教会に転がり込んできたのだ。
「お願いです…!」
……少女は一目見て、最早助からない状況であることは明らかだった。何らかの病気なのだろう、瞳孔は開き、顔面は蒼白で脈もほとんどない。少年はどこの医者にもさじを投げられたのだと俺に言った。ここが最後の望みなのだと。
「お願いします、彼女を――」
――俺は、手を尽くした。最早助かる見込みはなかったが、それでも、少年の真摯な思いに答えないわけにはいかなかった。可能な限りの治療を試み、あらゆる「奇跡」を試した。だが――少女の容態が回復することはなかった。
一晩、二晩、そして三日目の夜――その少女は、息絶えた。
「すまない……本当に、すまない……」
少女の死体の前で立ちすくむ少年の顔を、俺は見ることができなかった。四日目の朝、「ありがとうございました」という書置きだけを残して、少年と少女は消えていた。
俺の記憶には、俺のことを見つめる少女の虚ろな瞳だけが強く、強く残されていた。
――ダレモスクエナカッタ
ナンテ、ムリョクナノダ――
アリガトウゴザイマス、ナンテイワナイデクレ――
その後、俺は道を変えた。不死者や魔物を狩り、駆逐することによってもっと直接的に、実践的に被害を減らすため、いくつもの戦闘、殺害方法を覚えていった。たとえ、それが神に反する行為だったとしても――
Section4.地下の街 Top Before Next
「ふん……先に進むぞ」
「あ、はい」
もう何体の不死者どもを倒したかはわからない。自分自身も命の危険にさらされることで、シェンもだいぶ力加減というものがわかってきたらしい。その表情には若干の余裕が見え始めていた。
「む……」
しばらくその洞窟を進んだ後、視界に飛び込んできたものに、俺は一瞬言葉を失った。そこには――地下であるにもかかわらず、地上と同じように作られた街があった。
「なんだこりゃ…?」
それぞれの建物の中を見るとそこには棺桶が置かれていたりする。実に、奇妙な光景だった。それを見やりながらシェンが悲しげな表情で呟く。
「……死者が、あの世でも不自由なく生前と同じような暮らしができるように。そう願いをこめてお墓ではなく「街」に埋葬するんです」
「……なるほどな」
この地方の風習なのだろう。その光景を眺めながら、俺は変わらぬ口調で言った。
「で、この地方では死体がああやって飛び跳ねる風習もあんのか?」
「え?」
俺の指摘にシェンがやや離れたところを見やる。そこには、死に装束をまといながら、奇妙な動きでこちらに向かってきている人間――いや、死んでいるのだろうが――の姿があった。知識にはある。あれは、この地方では<キョンシー>と呼ばれる類の不死者だろう
。
「――くるぞ!」
見れば他の建物の影からも何体ものキョンシーの姿が現れ始めていた。
「そ、そんな……」
うろたえるシェンを尻目に、俺は再び<アスペルシオ>の奇跡を使い、手持ちのソードメイスに聖性を宿す。見やればシェンも緊張した面持ちながら、しっかりと詠唱準備に入ってるようであった。それに満足して、俺は敵を見据える。
「もう一度、眠れ!」
叫びつつ、淡い光を放つソードメイスでキョンシー達をなぎ払う。ゾンビやスケルトンとは違い、生前の姿を色濃く残しているだけに心の片隅に罪悪感のようなものが生まれるが、それを押し殺して雄たけびを上げながら俺はさらに刃を振り続けた。
シェンも必死で<ヒール>などの奇跡を駆使して、戦っている。その目の端に涙が浮かんでいるのを見たのは気のせいではなかったろう。だが、気丈にも弱音一つ漏らすことなく、彼もまた不死者どもを土に還していっていた。やはり、実戦を積むのが一番なのだ。
「このまま押し切るぞ!」
「は、はぃ!」
多少頼りない返事ではあったが、今はそれでも十分だ。俺とシェンは建物から現れる何体もの不死者を倒し、道を切り開いていった。そして――
Section5.少女 Top Before Next
「これで――最後だ!」
そう叫び、最後の一体――女性のキョンシーにむかってソードメイスを振り下ろそうとした瞬間、俺はそのキョンシーと目が合ってしまった。
「――!!」
体中に震えが走る。思考がまとまらない。忘れるものか――忘れるはずもない!この目の前のキョンシーは……あの時の少女だ!
最後まで俺を信じて見つめ続けていたその瞳が、不死者となった今でも俺を射抜く。
「う……あ……」
己が罪に慄くように。見たくないものから目をそらすように。俺は手にしたソードメイスを取り落とし、首をゆっくりと左右にふりながら後退していた。俺の手を離れたソードメイスからは速やかに聖性が失われ、光を放つのを止める。
「やめ、ろ……やめてくれ……俺を、見るな……!」
暗く虚ろな瞳が、俺を責める。信じていたのに、助けてくれるって信じていたのに。なんで裏切ったの?なんで助けてくれなかったの?
俺には少女がそう言っているように聞こえてならなかった。
「く、くそ……」
叩き潰さなければ。滅ぼさねば。この少女は――俺の罪そのものだ。そうしなければ、俺は――
「…ローディスさん、落ち着いてください」
取り乱した俺の肩をポンと叩いて、シェンが異常なまでに落ち着いた様子で俺の前に出る。
「シェン…?お前…」
「……レン、ごめんね……今、ちゃんと眠らせてあげるからね……」
「――!」
そう呟くシェンの後姿を見て、俺は思い出していた。俺は――こいつに、この少年に昔会ったことがある。俺に、必死で助けを求めてきた、あの少年か――!
何故、今まで思い出せなかったのか。何故、気がつけなかったのか。
「……かの者の魂に、永遠の安息を……」
短い言葉と共に、胸の前で聖印を切り、シェンが少女のキョンシーに向かって<ヒール>をかける。少女はそれに抵抗しているように見えたが、肉体の崩壊が止まるわけもなく、やがて服だけを残してその身は土に還った。
「……」
シェンは、その残った服から、少女がかぶっていた帽子を取り、それを大事そうに抱きかかえながら俺へと振り返った。
「…これ以上の調査は僕達二人だけでは危険です…いったん帰還しませんか?」
「あ、ああ……」
Section6.二人 Top Before Next
「……嬉しかったんですよ、一緒に調査に行くことになったのが、貴方だって知った時……」
「……」
「レンを、ずっと真剣に助けようとしてくれたのは貴方だけでした……だから、だからとても感謝しているんです……」
「よしてくれ……」
俺は、シェンから目をそらしながらうめいた。俺は、そんな感謝されるほどできた人間では、ない。
「僕は、貴方のような聖職者になりたくて――」
「黙れ!」
苛立ちと共に、思わず怒鳴り声をあげる。あぁ、この少年は何も悪くないのに。
「俺は――俺は、あの少女を救えなかった!彼女だけじゃない、他にも何人も、何人もの人間を救うことができなかった!!」
だからこそ。贖罪のために、俺はこの手の刃を振り続ける。いつか、あらゆる魔が駆逐され、誰もが笑って過ごせる世界を夢想しながら。その日が来るまで――俺が救えなかった者達への贖罪は終わらない。
だが――シェンは、穏やかな口調で呟いた。
「貴方は、僕を救ってくれました」
「…」
確かに、あの置手紙にも「ありがとう」と書かれていた。。だが――俺はあの少女を助けることができなかった。少年――シェンから恨まれこそすれ、そのような言葉を言われるはずはないのだ。
「必死でレンを助けようとしてくれました。それが偽善であろうとも、助かるはずがないとわかっていようとも。それだけで――僕には十分だったんですよ」
「……」
「」
しばし沈黙してから、俺は空を見上げ、ため息をついた。そして、せいいっぱいの笑顔を浮かべながらシェンへと振り返った。
「帰るか」
「ええ」
穏やかな微笑で少年がそれに応じる。
「とりあえず、報告書をどう誤魔化すか、からだな」
「……よくないですよ、それ……」
「気にすんな」
今日も、どこかで誰かが死ぬかもしれないけれど。俺ではその全てを救うことなど到底できないけれど。少しだけ、俺は変わっていけるような気がしていた。
無論、これからも俺はソードメイスを振りながら魔や不死者と戦っていくだろう。もうこの生き方を変えることはできない。けれども――
「そうだな、帰ったらちょいと休暇申請してみるのもいいかもしれんな――」