- 2007年04月08日 17:58 ABYSS〜奈落幻想物語組曲〜
対象楽曲:「Ark」「Baroque」「Yield」「Stardust」「Sacrifice」
ElysionのCDのブックレットを見れば一目瞭然なのですが、「Elysion〜楽園幻想物語組曲〜」には「ABYSS〜奈落幻想物語組曲〜」という裏タイトルとでも言うべき副題がつけられています。
これは、上記5曲の頭文字を繋げた単語であり、エルの楽園などでもその事が示唆されています。
(「挟み込まれた四つの楽園に惑わされずに垂直に堕ちればそこは……ABYSS」という部分)
この5曲は、全て舞台設定、登場人物も異なります。Arkは、脳外科手術などが行われている模様であり、きわめて高度な科学力の存在を感じさせます。そしてそれとは逆にSacrificeではあたかも中世の魔女狩りの時代かのような、趣が見受けられます。
それぞれの登場人物の少女達の間にはなんら繋がりがありません。しかし、彼女らが誰かを殺害しているという点だけは全てにおいて共通しています。そして、その殺害の前後に彼女らは仮面の男を見ます。
この仮面の男とは、「エルの楽園」で死去した"アビス"です。そして彼は、少女達を"楽園パレード"へ連れ去ります。彼女らが仮面の男によって選定された理由はなんでしょうか。
「笛吹き男とパレード」には「心に深い傷を負った者にとって」「心に深い闇を飼った者にとって」という下りがあります。
5曲のほとんどは、狂愛の果てにその愛の対象を殺してしまうという狂気が見受けられます(Sacrificeのみ例外)。基本的には、そのような狂気と絶望を持った者達の前に、仮面の男が現れて、連れ去っていくのでしょう。
ですが。仮面の男が本当に探しているのは彼女達ではない、と考えられます。
この5曲は、すべて最初に「彼女こそ、私のエリスなのだろうか…」という語りがあります。これを見るに、仮面の男が真実探しているのは、すでに失われた彼自身の娘なのです。
失われた娘の魂、あるいはその転生した姿を求め続け、時間も空間も超えて様々なところに出没する幽鬼と化してしまっている悲しい存在こそが、仮面の男アビスの本質なのだと見受けられます。
また、Elysionは第4の地平線ではありますが、この5曲に関しては、地平線からは独立した楽曲であると私は考えています。地平線から外れた別次元に存在した5人の少女を、仮面の男が「楽園」という地平線の中に引きずり込んだ、と解釈しています。
それゆえに、私はRomanなどの他アルバムの考察を行う場合についても、エルの楽園、天秤などは他楽曲ともリンクさせて考えていますが、この5曲はリンク対象外の独立楽曲として、今後も考察を行っていきます。
対象楽曲:「Yield」
この歌では「3-1+1-2」という数式が出てきます。この式を解釈するにあたり、一般的にはおそらく「仮面の男」が「+1」である、とすると思います。確かに歌を聞くだけだとそう解釈するのが一番自然でしょう。しかし、実はその解釈では矛盾点が生じてくるのです。
ではまず、仮面の男を+1であると仮定した場合の流れを見てみましょう。
3 - 1 + 1 -2
A B C - B + D - A D = C
最初は「二人の女 一人の男 一番不幸なのは誰?」とあるとおりABCがいます。ここが「3」です。
そして、次の「-1」。これが男女のどちらかを示すのは明示されていませんが、カップルの男に横恋慕していたAは思い余り、Cを殺害して、Bを手に入れようとする。しかしながら、「エルの絵本【笛吹き男とパレード】」で「収穫を誤った娘」とあるように、誤ってBを殺害してしまう。これが自然ではないでしょうか。
※他のABYSSサイドの曲は基本的に、女の子達が愛する人を殺してしまう歌なので、Yieldもその基本の流れに準拠すると考えます。ただしSacrificeに関しては違うので、それを考慮して、もし娘が最初に殺したのが女性だったとしても、この式は後の矛盾点にひっかかります。
そして愛する人を手にかけたAの前にDが現れ(+1)、"楽園パレード"へ連れ去ります。ここが「-2」です。そして最後に「荒野に一人取り残されるのは誰?」の解答となる"一番不幸な"C。
この流れは、非常に自然なように見えます。歌だけを聞く限りではこう解釈するのが一番自然なことでしょう。しかし、この解釈はCDのジャケットに対して大きな矛盾を孕むのです。それが…
ABYSSサイドのジャケットでは、Yieldの娘の後ろで"二人"首を失って死んでいるという事実
です。上記の流れだと、死者は男だけであり、ジャケットの絵柄と矛盾するのです。では、どう解釈すればよいのでしょうか。私は以下のように考えます。
そうすると、登場人物は以下の3人に減少します。
A:主人公の娘 B:横恋慕している男性 C:娘の恋敵の女性
では、「+1」に相当するものはなんでしょうか。この娘は「一夜限りの情事でも構わない それをも女は永遠にできるから」こう言っています。情事を"夢"と読んでいる事から、"一回だけでもいいから抱いてほしい"と夢想しているように読めます。
しかし、その他の歌詞の部分で「夏が過ぎれば思いが実る」と言っている部分があります。重要なのは「思いが実る」と言い切っている事です。男性をもぎ取れるだけの確信が彼女にはあったのでしょう。ではそれは何か。それは「男性と娘の子供」ではないでしょうか。
冬に「一夜限りの情事」を行っていたのだとしたら?妊娠から出産まではおよそ10ヶ月。12月ごろに関係を持っていたとすると、夏が過ぎて秋である10月ごろに子供が生まれる計算です。
つまり、彼女は「子供」が実るのを待っていたわけです。
しかし彼女は想いが募りすぎてしまい、恋敵の女性を殺害しようとし、誤って男を殺してしまいます。これが「-1」です。その後、彼女には子供が生まれます。それが「+1」です。そして次の「-2」。ここで消え去ったのは誰か。これは娘と恋敵の女性、両方ではないでしょうか。
恋敵が娘を憎み殺したのか、それとも娘がまず改めて恋敵を殺したのかはわかりません。しかし、結果として二人とも死亡した。そして、「仮面の男」が最後に現れ、死去した娘の魂を"楽園パレード"へと連れ去っていった。
最後に残されたのは娘の子供。親は共に無く、身勝手な三角関係の最大の被害者であり、"一番不幸なのは誰?"の解答。
つまり、以下のような式となります。
A:主人公の娘 B:横恋慕している男性 C:娘の恋敵の女性 D:娘の子供
3 - 1 + 1 -2
A B C - B + D - A C = D
仮面の男が人を連れ去る時、それが生者である必要はないと考えます。むしろABYSSサイドの他の歌を見ると死の淵、あるいは死に至る瞬間に彼はやってくるようです。特にStarDustでは銃声が"2回"あり、女性が自殺したと見受けられる印象もあります。
それゆえに、娘が死んだ後に仮面の男に連れ去られたとしても問題はないかと思います。むしろ、仮面の男自体がすでに幽鬼のような存在である以上、死者の魂を引きずり込むのが正解でしょう。
以上で"一応"ジャケット絵との矛盾点は消失します。ただし、ジャケットを無視できるのであれば、最初の案が一番しっくりくるのが事実なのですが……
対象楽曲:「澪音の世界」「星屑の革紐」
「星屑の革紐」にはエトワールと呼ばれる少女がでてきます。この少女は生まれつき目が悪く、じきに目が見えなくなってしまう事を宣告されています。そして、盲導犬としてPleut(プルー)が彼女の元に連れてこられます。
まず結論から言ってしまえば、私はエトワールは澪音だと思っています。
確かに名前も違いますし、性格付けも違うように見えます。しかし、ちゃんと理由はあります。
以下には、私なりに「星屑の革紐」の物語を時系列別に並べてみます。
また、この物語も、後の物語が「澪音の世界」だとするならば、【祝い】が【呪い】になったという皮肉が感じられます。
■1. エトワールの誕生から母親の死
まず、母親が、「星」の名を意味するエトワールを生んでいます。この時点では、
彼女は目が生まれつき悪い事などはわからずに、純粋に【祝い】だったと考えられます。
その後、母親は死去します(二人と一匹 という記述から)
ここで、母親はプルー(Pluet)として転生していたのだと思います。(理由は後述)それゆえに、エトワールにとってプルーは"どこか懐かしい"温もりだったのではないでしょうか。
プルーはエトワールにとって「妹」であると同時に「母親」なのだと考えます。
■2. プルーとの出会い
エトワールの家に盲導犬としてプルーが連れてこられます。
この時点で、エトワールは自分の視力がたどる運命を知っており、自分の名を、そして目を嫌っています。そして、好きになれない自分を責め、父に、母に謝罪をしています。
つまり本来【祝い】であったはずのエトワールという名は、彼女にとって【呪い】と化しています。
プルーを連れて外を歩く練習をはじめますが、もちろん最初はうまくいくはずもありません。彼女は転んだりして、孤独を感じています。
それでも彼女はプルーと共に過ごし、じょじょにお互いのことをわかりあっていきます。"空白の時間"というのは、プルーがエトワールの家にくるまでの期間、でもありますが同時に「共に過ごすことのできなかった親子としての空白の時間」ではないでしょうか。
■3.そして死別
"急に吹いた突風に"二人は引き裂かれます。この時、曲を聴くと何かが衝突したような音の後、犬が吠えて、その後悲しそうな鳴き声が入ります。
これを見ると、「エトワールが何か(馬車、車などの類)に轢かれたのではないか」と考えられます。プルーが轢かれたのであれば、その後あんなにも激しく吠える事はできないでしょう。
この時、エトワールは自分の無力を謝りながら、それでもプルーに好きだと言い、死んでいきます。
この時、プルーは自分の存在が何であるのかを夢で見ます。それは、エトワールが生まれてくる瞬間。死したエトワールを再び"生み出す"という幻想。ここが、プルーがエトワールの母の生まれ変わりであると判断した理由です。母の魂であったからこそ夢の中で「あなたが産まれてきた朝の追憶」を見る事ができたのだと考えます。
■4.魂の邂逅と再度の誕生
「忘れないよ...」の部分は、歌が2重になります。ここは、エトワールとプルーの魂が出会い、融合したような印象を受けます。しかし、この時、"暗闇に煌く世界を"の裏では、"苦しに揺らめく世界を"と言っているように聞こえます。
エトワールは自らの目も、名も疎み、苦しみの世界に生きました。ならば、彼女にとって死とは安らかなる解放だったのではないでしょうか。
(「母と歩いた」とも裏で言っている事から、魂の融合によりエトワールもプルー=母である事を悟っているのではないかと考えられます)
プルーは「何の為にやってきたのか...最後に判って良かった――」として、死に向かいます。
彼女が死の際に行ったのは出産です。ではここで産まれてくるのは何でしょう。彼女が母親として産みなおすもの、それはエトワール以外にはないでしょう。
つまり、プルーの腹から産まれた「黒銀の毛並みを持つ仔犬」は、エトワールの転生した姿なのではないでしょうか。エトワールからしてみれば、ようやく安息できる死を得たのに、再び産まれ、生きるという残酷な苦痛を与えられたわけです。これは、エトワールがまるで死神のような印象を持つ「澪音」へと変わり行くに足る理由ではないでしょうか。
つまり、私は前述でエトワール=澪音としてることから、「エトワール=澪音=黒銀の毛並みを持つ仔犬」だと考えています。
澪音の"本体"は「黒銀の毛並みを持つ仔犬」であり、そこに宿った魂としてのエトワールこそが、「澪音」という少女として実体化しているのだと思います。
ちなみに、この仔犬は「悼みの雨が降り注ぐ朝」に産まれています。そのことから、自らの名を嫌っていたエトワールは「雨」(Rain)と名乗ったのではないでしょうか。
幸せになってほしかったはずで付けた名前、幸せになってほしくて再度産み出した母親。それは両方とも純粋な【祝い】であったはずです。しかし、それは皮肉にも【呪い】としてエトワールに降り注ぎ、彼女を「澪音」という存在にしてしまったのではないでしょうか…?
「星屑の革紐」の最後には「《物語》の翼は地平線を軽々と飛び越えるだろう」という記述があります。これは、四番目の地平線である「Elysion」を飛び越えて、PicoMagicReloadedの「澪音の世界」へ到達するのか、あるいは五番目の地平線である「Roman」を飛び越えて、次なる地平線に到達するのか。
どちらともとれますが、「澪音の世界」がいずれの地平にも属しておらず、"新しい地平線に描かれる物語"であると「...Reloaded」で語られている事から、いずれ澪音についてもっと詳しく語られる地平線が生まれるのではないでしょうか。期待してみたいと思います。
対象楽曲:「屋根裏の少女」「檻の中の遊戯」「檻の中の花」「yaneuraroman」
屋根裏の少女から続くMichele Malebranche三部作。+Roman第2のボーナストラックであるyaneuraroman。この記事ではそこについて語ります。
この物語は、「檻の中の花」で語られているように、3つのステージに分けられます。まずは、全ての事件が現実の中で連続しているという仮定のもとに各ステージごとに考察します。
「私…お友達が欲しいな…」
彼女は、キャンパスに対して望む「お友達」を描き、それを現実化してしまったのではないでしょうか。それは、あるいは狂気を孕んだ異形だったのかもしれません。それ故に、狂人に堕ちた父親でさえ、娘の異常さに気がつき、娘を殺そうとした。
…あるいは、父親は狂人などではなく、最初からミシェルに潜む異能に気がついていたのか。
ミシェルはこの時、父親を殺害します。しかしその殺害方法は年齢相応の少女には到底不可能なほどに凄惨で不可解な変死だったようです。また、証拠もありません。
「そうだ…パパの幸せを描いてあげる」
この時、ミシェルは何かをキャンパスに描き、具現化したその存在によって父親を殺害したと考えられます。そして父親の血によって「赤いキャンパス」になったのではないでしょうか。
おそらく父を失い、身寄りを失ったミシェルを叔父であるArmand Ollivier(アルマード・オリヴィエ)が引き取ったのでしょう。しかし、叔父が求めたのはミシェルの若い肉体であったと見受けられます。檻の中の遊戯の冒頭を素直に読むのであれば、叔父はミシェルを抱きながら、首を絞め絞殺しています。
あるいはそれが彼なりの狂った愛情だったのかもしれません。若いミシェルを若いままに保ち、自らのそばに置く方法。しかし、そこに異常が発生します。おそらく…その後の叔父の行動を見るに、ミシェルは蘇生したのです。"識られざる幕間"の「素早く抱き寄せ 首筋に熱い接吻」という部分からも見るに、彼女は吸血鬼に近い特性を得ているものと考えられます。
そこで叔父も危機を覚えたのでしょう。ミシェルの力が異常であることに。故に彼はミシェルを完全に殺そうとした。それが「もう一度この手で彼女を…」という部分だと考えられます。そして、彼はミシェルを殺害し、その遺体を用意した棺桶の中に入れて葬ろうとします。
しかし、ここですでに叔父はミシェルの異能に踊らされていただけに過ぎなかったのだと思います。ミシェルは先に得ている何らかの力によって叔父に夢や幻影を見せていたのかもしれません
いずれにせよ、叔父は逮捕された時点で「半狂乱で笑いながら庭に穴を掘っていたところを…」という状態であったため、酷い錯乱状態にあった事は確かなようです。
ミシェルの作り出した「檻」の中で夢を見ているという事を忘れ、狂っていった叔父。それが「檻の中の遊戯」における「忘レモノ」だと思われます。
そして、「絞殺・死体遺棄未遂事件」については、警察がミシェルを見つけた時点ではミシェルは確かに死んでいたのかもしれません。しかしその後"幸運にも"息を吹き返した生存者となったのではないでしょうか。無論、彼女の場合は"幸運"ではなく"必然"なのでしょうが。
そして……彼女は、古い「ミシェル」という肉体を脱ぎ捨てて、転生した。yaneuraromanでは「さぁ、生まれておいでなさいHiver…」という下りがあります。これは、正にミシェルが何らかの黒魔術的な儀式を行い、イヴェール(Hiver)という存在への転化を果たした瞬間なのではないでしょうか。
Hiverという単語が持つ意味は「冬」です。2月4日という冬に転生した者にとっては、その名前はふさわしいものではないでしょうか。しかし彼女の転生は不完全で、正常な転生を行う事はできなかった。
それゆえに死でも生でもない狭間に囚われてしまい、抜け出せなくなったのではないでしょうか。そしてその「右手に神を、左手に悪魔を宿した…」という異能は、「双子の人形」へと転化し、その能力で自らが完全に転生し、生まれてくるための物語を紡ごうとあがいている。
それこそが「Roman」なのだと考えます。
※Hiverは「右手に死を、左手に生を」でミシェルと能力が逆転しています。これは、彼女が転生の際に性転換を行ったために能力自体も逆転したのではないかと考えます。